TMD(Temporomandibular disorders)

顎関節症

顎関節症の治療

顎関節症の患者で最も多いのは、「顎が痛い」「口が開かない」「噛めない」「頬が痛い」「顎が鳴る」といった症状を訴えて受診される方です。これらの症状の原因の大部分は、咀嚼筋の疼痛によるものとされています。
以前は、顎関節症という病名から、顎関節の病変が原因で疼痛や咀嚼障害が生じていると考えられていました。しかし、実際には多くの場合、咀嚼筋の痛みが主な原因であることが明らかになってきました。

たとえば、外側翼突筋は関節円盤および関節頭に付着しているため、咀嚼筋の痛みが顎関節周囲の痛みとして感じられることが多いのです。
顎関節症は、顎関節や顔面周囲の痛み、ならびに顎の運動障害を含む総合的な病名であるため、診断が難しく、「どこを治療の対象とすべきか」が分かりづらく、治療方針を誤りやすいという特徴があります。
こうした背景から、現在でも世界中および日本国内でさまざまな治療法が試みられており、目の前の患者の症状に対してどの治療法が最も有効かを断定できないことが多々あります。そのため、「とりあえずナイトガードスプリントを作製する」という対応が一般的に行われています。
顎関節症は「噛み合わせの異常によって起こる」と教えられてきた経緯もあり、私自身もかつては咬合器を用いて咬合診断を行っていました。しかし、時間をかけて診断しても、明確な治療方針が立てられないことが多く、「この歯が早期接触歯だから咬合調整する」「ここがバランシングコンタクトだから調整する」と判断し、歯を削ることなく、咬合面にコンポジットレジンを盛り足してバランスを取っていました。
その結果、患者さんの苦痛が大きく軽減したため、「治療は咬合に関係している」と確信していた時期もありました。
しかし現在では、「咬合器で咬合を修正すれば顎関節症が治る」といった考えに対して、反省の念を持つようになりました。
臨床経験を積み重ねた結果、顎関節症と咬合は必ずしも強く関連していないのではないかと、次第に感じるようになり、今日に至っています。
近年では、顎関節症は咬合とは無関係であり、顎周囲に起こるさまざまな症状を含む**アンブレラターム(包括的な病名)**であるとされ、「TMD(Temporomandibular Disorders)」と呼ばれ始めています。
顔面周囲の痛みの大部分は、咀嚼筋の疼痛によるものであり、解剖学的な顎関節内部には病的な問題が存在しないケースも多いと考えられています。
つまり「顎関節症」という病名は、あたかも顎関節自体に障害や病変があるかのような誤解を与えやすく、実際にご来院される患者さんの多くが「顎関節に問題がある」と思い込んでいるのが現状です。
世界的には、顎関節症と咬合は関係がないとさえ断言されるようになっていますが、長年にわたり咬合によって治療を試みてきた私にとって、それをすぐに受け入れるのは容易なことではありません。
なぜなら、咬合にアプローチしたことで顎関節症の痛みが劇的に消失した患者さんが、実際に存在したからです。
こうした難しい症例に対し、当院では現在、ナイトガードスプリント療法や筋肉の痙攣を和らげるストレッチ、暗示療法などを実施しています。歯を削ることはなく、削る必要がある場合もごくまれです。
なお、顎関節症は何をしても・しなくても自然に治ることが少なくないため、あまり神経質にならないことも大切です。
ただし、関節頭の骨折や関節内に腫瘍が存在することも稀にあるため、レントゲン検査は必要です。
現在では、「口腔顔面痛患者の中で最も多いのは顎関節症であり、その疼痛の大部分は咀嚼筋によるものである」とはっきり言える時代になってきたようです。
咀嚼筋の痙攣による持続的な筋収縮に伴う疼痛の主な原因は、筋肉への過度な負担と心理的ストレスとされています。
この「過度な負担」は、咀嚼筋の機能を超えた使い方、特にブラキシズム(歯ぎしり)やストレスによって生じます。
心理的ストレスは、咀嚼筋を緊張させることで筋痙攣の引き金となり、痛みの原因となります。

歯軋り(ブラキシズム)

ブラキシズム(歯ぎしり)は、咀嚼筋の緊張による無意識の運動であり、歯牙の摩耗や咬耗がよく見られます。
また、歯周組織や修復物を破壊したり、顎関節症を引き起こしたりすることもあります。
せっかく治療した金属の修復物がすり減って穴が開いたり、天然歯が破折したりするため、治療上非常に厄介な症状です。
ブラキシズムの原因は今のところ明確ではありませんが、咬合異常、中枢神経の異常、特定の薬物、ストレスなどが指摘されています。

なかでも、ストレスが原因である可能性は高いといわれています。
私自身の経験ではありますが、希望する高校に合格したことで歯軋りが治った学生や、結婚が決まった途端に歯軋りが消失した女性もおられ、歯軋りには心理的要因が関係していると考えられます。
いずれにせよ、歯軋りは時間の経過とともに自然に治ることが多く、一生続くものではないようです。
治療については、原因が特定できない以上、実際に試してみて経過を観察するという姿勢が基本となります。
当院では、ナイトガードスプリント療法を多く取り入れていますが、これは原因を解決する治療法ではなく、対症療法として位置付けられています。
ナイトガードスプリントを使用したからといって歯軋り自体が治るわけではありません。
その目的は、スプリントを装着することで歯軋りがスプリント上で行われ、歯のすり減りや異音を軽減することにあります。また、咀嚼筋の疲労を軽減する効果もあります。
ただし、歯軋りが強い方では、ナイトガードスプリント自体がすり減って穴が開き、破損してしまうため、再製作が必要になる場合もあります。
ブラキシズムへの対応で特に注意すべきなのは、歯を削ってはいけないという点です。
近年の文献では、咬合と歯軋りは無関係であるとされており、歯軋りに対する咬合調整は行うべきではないという考えが主流になっています。